デス・オーバチュア
第195話「風雲殺姫」



「そうね、貴方にはそれがあったわね……」
アンブレラは紫黒の翼を羽ばたかせて、ゆっくりと降下しながら、眼下を見下ろしていた。
爆発の収まった大地に、黒い甲冑が立っている。
輝く黒、黒のメタリックな全身鎧……中に人が入ってるのかどうかも遠目では解らない程に、露出のない完璧な全身鎧だった。
「魔極黒絶剣と対をなす剣王の鎧……魔極黒絶鎧(まごくこくぜつがい)……」
アンブレラは地上に着地すると、黒い甲冑と向き合う。
「もう少し勿体ぶりたかったが……装着せざるえなかった……」
唯一の露出部とも言えるフルフェイスの兜のT字の切り抜きから、黒玉の瞳が覗いていた。
黒い甲冑の正体は言うまでもなくゼノンである。
「相変わらず大した鎧ね、オメガブラストの直撃に耐えるなんて……無駄に重いわけじゃないのね……」
大剣である魔極黒絶剣でも山一つ分の重さがあるのだ、全身鎧である魔極黒絶鎧の重さは想像もつかなかった。
「良いことばかりではないさ……この鎧を纏っていては、もうお前の攻撃を回避はできないだろうな……」
「でしょうね。そんな重い鎧をつけていながら、私より速く動かれちゃ堪らないわ……」
「……ならば、この鎧がお前の攻撃に耐えていられる間に、倒すのみっ!」
ゼノンは両手で持った剣を上段に振りかぶる。
「……つっ!」
アンブレラが跳躍した直後、彼女の足下から巨大な剣の刃が飛び出した。
「天剣絶刀、懐かしい技ね」
飛び出し伸びきった剣先にアンブレラは鳥のように留まる。
「振りかぶってみせたのはフェイントで、本命は真下からの天……」
「笑倣皇虎(しょうほうこうこ)!」
「く、シールド!」
ゼノンが振り下ろした剣から、巨大な漆黒の虎が解き放たれた。
アンブレラは開いた日傘の表面にエナジーシールドを展開し、漆黒の虎の牙を受け止める。
「笑倣皇虎、暗黒闘気を超圧縮して作った破壊の虎……でも、この程度の『牙』では、バリアなら噛み砕けても、シールドは喰い……」
「獅王葬刃(ししおうそうは)!」
「三連!?」
ゼノンが全身で暗黒闘気を纏いながら、剣を突きだしてアンブレラ目指して飛翔した。
漆黒の虎を受け止めていたエナジーバリアに、暗黒闘気で全身を包み、巨大な黒き刃と化したゼノンが激突する。
「ぅっ……なんとか耐えきって……」
アンブレラはエナジーバリアに意識と力を集中し、なんとか漆黒の虎と黒い刃の負荷に耐えきろうとしていた。
「やはり三連では足りないか……」
「……えっ?」
不意にシールドにかかる負荷が半減する。
ゼノンが獅王葬刃こと暗黒闘気を纏っての突進をやめたのだ。
漆黒の虎と喰い合って(押し合って)いるシールドの前で浮遊しながら、暗黒闘気をさらに練り上げていく。
「風雲(ふううん)……」
「奥義の四連撃!?」
アンブレラの左右に新たに二人のゼノンが出現する。
「殺姫(さいき)!」
三人のゼノンがアンブレラを一斉に乱れ切りした。



「うふふふふっ、強い強い〜」
セレナは『虚空』を見つめながら一人呟いた。
彼女が居るのは、アンブレラがランチェスタ達三人と戦った場所から少し離れた所である。
ここで言う『少し』というのは、アンブレラとオッドアイの戦闘の『被害』が届いていない場所ということだ。
「三人に分裂〜?……しての暗黒闘気版の光輝剣舞といったところかしら〜? きゃははははっ! 凄い凄い〜! あはははははははははははっ!」
セレナはいつもの狂気的な笑いをあげる。
「四天奥義の四連撃、確かに見せてもらったわ、うふふふふっ」
実に楽しい『見世物』だった。
セレナは視線を『虚空』から『通常』に戻す。
彼女の赤い瞳が視ていたのは正確には虚空……何もない空ではなく、此処ではない遠い場所……次元すら隔てた異世界、ゼノンのプライベートワールド『剣死界』だった。
「目を離すのは少し早いんじゃないかな?」
「っ……」
突然の背後からの声。
何の気配も存在していなかったはずなのに、セレナが背後を振り返ると、そこには二人の人物が居た。
「背後が隙だらけだったの」
日傘を差した、黒一色の人形のような可愛らしい洋服の赤毛の幼い少女が座り込んでいる。
「それだけ、見世物が面白かったんだろう? まあ、それ以前に、他人のプライベートワールド内を『覗く』なんて凄いことをしていたんだから無理もない」
髪も瞳も黒一色、黒いロングコートの十代前半の少年が、赤毛の幼い少女の膝の上に頭を乗せて寝転がっていた。
「……誰、あなた達?」
見覚えのない人物だったが、黒髪の少年も赤毛の幼い少女も『人間』ではないということだけは一目で解る。
二人とも、違った意味で『生きている』気配がしないのだ。
「酷いな。確かに不死者の王などとも呼ばれることもあるけど、俺はゾンビ、屍の類じゃないよ」
「不死の王……吸血鬼?……吸血王ミッドナイト……!?」
「正解。でも、この姿の時はナイトと呼んで欲しいな」
黒髪の少年……ナイトは口元に気障な微笑を浮かべる。
「……いつから居て? 何しに来たのかしら、赤の魔王様?」
「愚問だね。大陸のどこからでも見えるような真昼の赤い月……そんなものが魔王クラスの力のぶつかり合いと共に発生すれば……とりあえずは見に来るだろう、普通? ねえ、ルシアン」
ナイトは自分を膝枕してくれている幼い少女に同意を求めた。
「否定はしないの。でも、見に来ないずぼらも居るの……」
ルシアンことスカーレットはそう答える。
「そうだね、彼らはきっと好奇心より、面倒臭いという気持ちのが強いのだろうね」
そう言うと、ナイトは楽しげに微笑った。
「ちなみに、いつから居たのかというと、三人組との戦闘が始まったあたりなの」
「……そんな前から?……ううん、それよりも、自分は戦いに参加しないわけね? 用心深いのか、それとも……私と同じで戦うより見物する方が好きなのかしら〜?」
セレナはようやくいつもの余裕というか、自分のペースを取り戻しだす。
背後を取られたことと、相手の正体が解らなかったことで、イニシアティブを今まで奪われていたのだ。
「さあ、どうかな? ああ、そんなことよりも、視線を戻した方がいいと思うよ。俺と会話を楽しむのは、別に向こうを視ながらでもできるだろう?」
黒色だったはずの瞳が、血のように赤く輝いている。
「その瞳……」
「赤い月も、赤い瞳も君の専売特許じゃないんだよ、ブラックバニー」
ナイトは、どこまでも気障な微笑を浮かべていた。



一人に戻ったゼノンが大地に降り立つ。
風雲殺姫、速さによる残像や魔術による幻影の類ではなく、瞬間的に暗黒闘気によって自らとまったくの同一存在を二体創造し、三人がかりで相手の体・霊・魂……全存在を完全破壊する荒技だ。
「……浅かったか?」
「……いいえ、遅かったというべきね」
アンブレラが何事もなかったように、ゼノンと向き合って立っている。
「鎧を着る前の貴方に、あのタイミングで風雲殺姫を使われたら絶対にかわせなかったわ……まあ、かわしたと言っても結構『持っていかれた』けど……」
見た目、アンブレラには傷一つ無いが、風雲殺姫は完璧にかわされたわけではなかった。
数太刀は間違いなく彼女に叩き込めたはずである。
「エナジーを……存在を随分と『削られ』たけど……この程度ならまだまだ致命傷には程遠いわ」
ゼノンの太刀は、アンブレラの物質的な肉体ではなく、力や精神……存在そのものにかなりのダメージを与えていた。
「じゃあ、続けましょうか?」
アンブレラは紫黒の光翼を羽ばたかせて、空へ飛び立とうとする。
「逃さん!」
「くっ!」
ゼノンは瞬時に間合いを詰め、アンブレラが飛び立つより速く剣を斬りつけた。
アンブレラは、紫黒に輝かせた右手で剣の軌道を受け流す。
「ディー……」
「遅い!」
すかさずアンブレラは左手で反撃のディーペスト・クローを放とうとするが、彼女の左手が伸びきるよりも速く、ゼノンは剣を切り返して、紫黒に光り輝く左手に叩きつけた。
「つっ!」
「はっ!」
アンブレラの紫黒の両手と、ゼノンの一振りの剣が何度もぶつかり合う。
両手に纏うエナジーの強さゆえか、爪の硬度なのか、オリハルコンの剣相手に、アンブレラの紫黒に輝く両手は一歩も遅れをとっていなかった。
「……グラビティーシャドゥー!」
足下に瞬時に円形の影が拡がり、超重力の領域が発生する。
「くっ……」
ゼノンは、超重力の負荷の中、倒れずに踏み止まった。
いきなり体重が数十倍に増えたかのように、彼女の両足が大地を踏み抜いている。
超重力が発生した瞬間、ゼノンの動きが一瞬止まった隙に、アンブレラは空高く飛び上がっていた。
セルなどと違って、ゼノンをこの程度の技で『倒せる』とは思っていない。
瞬き一つの間だけでも彼女を『足止め』できれば、それだけで充分だった。
飛び上がり、間合いを取るための『間』を稼ぐ、それだけが目的で放った技なのである。
アンブレラはゼノンの遙か上空で留まった。
「あ、日傘はさっき……」
ブラストを放とうとして、アンブレラは日傘を自分が持っていないことに気づく。
日傘は、アンブレラの身代わりのように、ゼノンの風雲殺姫で跡形もなく破壊されていたのだった。
「それなら……」
アンブレラは眼下のゼノンに向けて右手をかざす。
右掌の前に紫黒の光輝が集まり、荒れ狂いながら、彼女よりも巨大な紫黒の光球と化した。
「コラプス・グラビトロン!」
荒れ狂う紫黒の光輝を超圧縮したような巨球が、アンブレラの右掌から解き放たれて、ゼノンへと迫る。
「今度はお前の方が遅い!」
ゼノンが足下に剣を突き刺した瞬間、彼女の自由を妨げていた超重力の影の領域が消滅する。
「天剣絶刀!」
大地から突き出でた巨大な剣の刃と、紫黒の荒れ狂う光輝の巨球が正面から激突した。



風船に針を刺したかのように、天剣絶刀が刺さったコラプス・グラビトロンは『破裂』し、でたらめな重力の気流のようなものが激しく荒れ狂った。
さしずめ超重力の嵐とでもいったところだろうか。
重力嵐の上空に浮遊しているアンブレラは、コラプス・グラビトロンの破裂の際に見失ったゼノンの姿を捜していた。
見渡す限りの眼下、重力嵐の荒れ狂う地上にはゼノンの姿は無く、気配も完全に消失している。
「……グラビトロン!」
荒れ狂う紫黒の光輝の流れを束ねたような崩壊重力球(コラプス・グラビトロン)と違い、ただの紫黒の光輝の巨球である重力球(グラビトロン)が上空に撃ち出された。
「斬!」
グラビトロンが真っ二つに両断され爆発したかと思うと、爆発を貫くようにしてゼノンが降下してくる。
「っ、ディーペスト・クロー!」
降下してきたゼノンの振り下ろした剣に、アンブレラは左手のディーペスト・クローを叩き込んだ。
激突の結果、ゼノンの方が力が上だったのか、アンブレラが地上へと弾き飛ばされる。
地上に大激突したアンブレラを追うように、ゼノンも地上へと高速で急降下した。
「んっ!」
地上にできたクレーターの中心に埋まっているはずのアンブレラの姿が無い。
突然、巨大な物陰がゼノンを覆う。
「メガ・グラビトロン!」
振り返ったゼノンが見たのは、自分の十倍はある巨大なグラビトロンだった。
メガ・グラビトロンはゼノンを呑み込み地上に激突すると、大爆発を巻き起こす。
「発射までに一秒もかかる……これじゃあ、当たらなくても仕方ないか」
中空に浮かぶアンブレラが呟いた。
「その上、弾速も遅いな……」
メガ・グラビトロンに呑み込まれたはずのゼノンが、何事もなかったように、アンブレラと向き合っている。
「そうね、溜めに三秒もかかるギガ・グラビトロンなんて絶対に当たらないでしょうね。溜め無しで撃てるグラビトロンすら当たらないんだから……!」
言い終えた瞬間、アンブレラはグラビトロン……自分と同じ大きさの紫黒の巨球を撃ちだした。
「せいっ!」
グラビトロンに一筋の光が走ったかと思うと、両断され大爆発する。
爆風に逆らって、その場に留まろうとしたアンブレラの背後に、いつのまに回り込んだのかゼノンが出現した。
ゼノンは、アンブレラの紫黒の光翼を切り落とそうと、無言で剣を振り下ろす。
だが、剣が振りきられるよりも速く、紫黒の光翼がゼノンを『殴り』飛ばした。
「ぐっ!?」
殴り飛ばされたゼノンは、空中で回転して、両足から地上に着地する。
「……つ、翼で殴るとは非常識な……」
「貴方にだけは言われたくないわ……それはともかく、やっぱり素手じゃきついか……」
いつの間にか、アンブレラの右手に二枚の紫黒の光羽が握られていた。
軽く息を吐いて、二枚の紫黒の光羽を前方に飛ばす。
すると、二枚の羽は、二本の日傘へと転じた。
アンブレラは並んで浮遊している二本の日傘の持ち手を、それぞれ右手と左手で掴む。
「……ダブル・ブラストォォッ!!!」
二本の日傘の先端から同時に、地上のゼノンを狙って紫黒の光輝が撃ちだされた。











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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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